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日々雑感
幸せは日々の雫のような時の中にある。
毎月の、つれづれなるままに……
2013.01.07 Monday

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25年お正月

 「ドライブでも行くか」と夫が言い、その気になったのは、太陽の光に誘われたからだ。
高速道路を走らせて箕面グリーンロードを走り能勢へ、10年近く前ここで菊炭づくりを夫は体験している。
「ここやここや おぼえてる」と言いながら車をすすめる夫、なんと長閑な村落だろう。心がゆるやかに解き放たれていく。
車を降りると雪が散らつき始めた。この透き通った風の冷たさがうれしい。空っぽの炭焼き小屋を覗くと炭を焼いた日にちのメモが目に入った。Sさんの名前があった。
「あっ、元気で焼いてはるんや」と夫、お家をお訪ねすることにした。車をおいて小川沿いの細い畦道を歩く。土の感触が心地いい。雪が点描のように風景を彩っていく。人の姿はない。
お訪ねした農家は太った畝の続く畑の奥にあった。
突然の訪問者に最初は戸惑われたが、次第に思い出していただけ、お暇するときには「よいしょ」と手を伸ばし吊るし柿を取り私の掌にふたつ載せてくださった。「ひとつずつ」と。
帰りの道中をほっこりさせた本当においしい干し柿だった。
 雪が舞う村落をあとに山沿いの国道を走り亀岡に入る。
不思議な建物が目に入った。「行ってみようか」
さっきの喜びの余韻で私たちは積極的になっていた。
鉄の門をくぐり空き地に車を止める。「なんだろうね、ここ」と二人とも合点がいかないまま、村に迷い込んだような気分になった。 古い田舎の英国風建物、何故か懐かしい。
昔、家族で湖水地方を旅行したことを思い出した。あのときのホテルに似ている。このレストランで私はルイボスティー、夫はダージリンティーとチーズケーキで休憩。 ひとときの物語世界だ。
隣のテーブルに座られた男性と夫の会話が弾む。
 一期一会。高齢期に差し掛かった私たちの出会いは、
貴重な雫のような気がする。
 さて思いつきのドライブ、好調に京都の中心部を目指した。
嵐山に入ると人が増え、さすが観光地だ。天龍寺の山門が目に入る。まだ結婚する前、私たちはここへ来ている。
大方丈を東西に仕切る、今にも飛び出さんばかりの龍の襖絵が印象的だった。大方丈の前にある曹源池庭園の静謐と雄大さに魅入られた記憶がよみがえる。
龍の襖絵はガラスで覆われ、大方丈には入れなくなっていて、あのころと様子が変わっている。昔、方丈の縁の上から見た庭園とは少し趣の違いを感じるが、回遊できるように整備されたことで親しめ庭巡りが楽しめる。フランスからというカップルに頼まれシャッターを押す。「ありがとうございます」と美しい日本語が返ってきた。
 苔の上に敷いたシートに、膝をつき、庭木の手入れをしている植木屋さんがいた。「苔を痛めてはいけないので週に一度だけこうして入り、手入れをしている」とのこと。枯れた葉を丁寧に摘んで「冬の間にこうしておくと後が楽なんだ」とおっしゃる。
美しい庭園をこうして維持してくださっているのだ。
一巡りのあと方丈前の床几に腰掛け、ゆっくり曹源池を眺める。遠い日、まだ二十歳前の私は始めてのこの場所に吸い込まれたのだった。
受付の皆さんに「昔は、あんなふうに回遊できましたか、方丈へ上がりお部屋も拝見した覚えが」と問うと「さあ」と首を傾げた。
あれから五十年の歳月が流れたのだ。
暖かい湯豆腐と汲み上げ湯葉で暖まり、思い出のときに出会い、人に出会い私たちは幸せな気持ちに満たされた。

帰途、車窓から見えた山々の夕焼けは、今日の旅のしめくくりを飾るプレゼントだった。
 

 
 
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