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日々雑感
幸せは日々の雫のような時の中にある。
毎月の、つれづれなるままに……
2011.09.19 Monday

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子育てはおもしろい

 いつもなら美しい若芽が次々萌え出して,匂いたつ季節なのにまるで冬将軍の居座り、厚着をしてなんとかしのいでいるが、痩せの身にはこたえる。 そんな時に届けられたかわいい ふきのとう 菜の花に心がやすらいだ。我が家の小さな庭に白い沈丁花、遅い水仙もたくさんつぼみをふくらませ始めた。
白いストックの花をいい香りだからと届けてくださったご近所さんが公園の土手に土筆が顔を出していると教えてくださった。
春は着実に近づいている。ほっとする。
柔らかな草色明るい黄色、色や香りや音に人の心は騒ぐ。
 
我が家は春生まれの長女、夏生まれの夫、秋生まれの長男、冬生まれの私で構成されていた。
息子は秋生まれといっても晩秋、私と同じ射手座だ。どちらかと言えば 冬組みは暢気でなるようになるさと鷹揚で、春夏組みはなかなか真面目で一途、計画に沿ってことを運ぶところがあった。
息子は障害を持っていたから、暢気で鷹揚なところがあってよかったと思う。背中が痒きたいとか座り直したいとか、普通なら自然な仕種に助けがいるのだから、ひとつひとつ考えていたら神経が持たない。弟のそんな要求を姉は母の私よりもよく感じ、鼻を掻いてやったり車椅子の後ろから両脇を抱えあげたりしてやった。
小さな身体なのに力持ちで、周囲の反対を押して体育系に進んだ娘だった。誕生は桜吹雪の季節。おしゃまな春生まれは、男の子のように活発で虫が好きで負けず嫌い、まだ開発中の千代田の自然を友としてよく遊んだ。よく本を読んでやった。一緒にお菓子を作るときは近所の子どもたちもやってきた。たこ焼きは娘の幼馴染がよく覚えていて「おばちゃんとたこ焼きやさんごっこをしたね」という。日々が惜しかった。
私は若い未熟な母親。不器用で裁縫は嫌いだったのにどうしても手製の服を着せたくて、自己流で洋裁を覚えた。夫のカッターシャツからエプロン。私のハーフコートから子どものオーバー、リフォームが多かった。贅沢できない家計事情には工夫できる面白さがあった。納豆、いかの塩から、牛タンのコンビーフ、キャラメル、カルピス、ピザ、パンいろいろ作った
娘が2歳になる前に長男がうまれた。甘えたい盛りだったから、お姉ちゃんは少々つらくてますます負けん気を強くしたのだろう。
二人になって子育てはますます面白くなった。
二人一緒の昼寝のときに口からでまかせの創作話をしてやった。「鯨のフラワーちゃん」というのは覚えているのだけれどもう遠い昔ですっかり他のは記憶が飛んでしまった。
一年生になった娘は三つ編みのおさげをぴょんぴょん弾ませて若草色の襞スカートに白いブラウスで入学式に臨んだ。心配はなかった。
仕事を始めていたから鍵っ子になったのだがご近所に助けられたし、今ほど世間はせせこましくなく ゆったりしていた、子ども達は群れて遊び、鍵っ子が淋しくなる暇はなかったのだ。
  交換ノートには、「おかあさんただいま」「きょうねドッジしたよ」
とか「しゅくだいすんだからなかちゃんとあそぶね」とか「おべんとうおいしかったよ」とか「けんかした」などと書いてあった。
「ママもがんばります、おやつは冷蔵庫にありますよ。」とか「炬燵のなか」という日もあった。
翌年息子が1年生になった。交換ノートに息子も参加するのだが好きなマンボウかたぬきの絵ばかり描いて、ほとんど文字のない愉快な報告だった。
男の子と女の子、春生まれと晩秋生まれの違い、たった二人でもまったく違う個性を見るのだから、子育てとは面白いものだ。

 

 
 
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