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日々雑感
幸せは日々の雫のような時の中にある。
毎月の、つれづれなるままに……
2010.08.31 Tuesday

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孫一家の帰国

スカイプを通してしか逢えなかった孫一家が帰国した。
実は6月中旬のことだったのだが生活が落ち着き始めたのはやっと最近になってからで、この3ヶ月母子共にカルチャーショックというか二つの文化を掛け持つ妙な不安定さで揺れていた。
アメリカからの引越しは処分や箱詰め、友人との別れのパーティー、孫の退学、電話、車その他の手続き関係などなどよくやるもんだと遠く離れていたのでスカイプ越しに傍観していた。

帰国後引越し荷物の第一便、飛行機便が届き、1ヵ月半後船便が届いた所でしばらく家は足の踏み場もない状態になった。
帰国翌日から仕事に入った娘婿、 「ルームがすくないからね」日本語に英語が混じったりする孫、はっきり意見を言うアメリカスタイルになじんだ娘、三者三様にどうやら3か月は日本の空気を吸って吐いて時差を解消するまでは、期待した帰国だったはずが反って疲労感に襲われ逆に日本になじめない状態だった。

家族が落ち着きを取り戻し、笑いが増えて、これには大いに孫が役割を果たしたようだが、やっと帰国したのだという実感が湧き心身がリフレッシュされた。

というような顛末を娘が語った。「もう大丈夫、なんかつき物が取れたみたいに身体も心も元気になったわ」と夜中の電話が明るい。

「お泊りしたい」と孫が言い、我家に2泊した。
祖父(じいじ)私の夫であるが、孫はGGという音で呼ぶ。このGGは、昔、子ども時代の遊びを豊かに堪能した世代で男の子にとっては魅力の知恵袋、早朝から孫を連れ出し、いえ、じいじいが引っ張りまわされ何しろ
73歳、よくまあ2時間この猛暑の中をザリガニだあ、トンボだあ、バッタだあと遊びこんで意気揚々と網を担ぎ虫かごをさげ帰って来るものだ。
近くの公園は遊びの宝庫、遊具などは見向きもしない。
まともなコースは歩かず土手をくだり、ぬかるみに入り、水辺に下り、虫を追いかけ、魚釣りのおじさんに話しかけ、中学生にかわえびの居場所を教えてもらったりして、堪能する。子どもにとっての時間は際限がない。
朝食前のエネルギーは使い果たす。
「ばあば、穴の中から細いひげがちょろちょろ見えるやろ、じいじいが手を突っ込んだらザリガニが捕まった」
「みて、シオカラ捕まえた 網でこうやって自分で」
まあまあ、帽子も靴も泥だらけ、これ感動の勲章なのだ。
「何もいわない。教える必要はないよ。」
ほんとに疲れをしらない孫と休憩をしていただきたい祖父を前にばあば、祖母の私は見とれるばかりだ。
子どもの遊びは実に生きるベースを培っているのだと実感する。
身体の本能的な欲求なのだ。大人の娯楽とは意味が違う。
自然の中で野性的に遊びこむ。ここは男性の出番だなあと思う。
そういえばつい先日スペインで経験したまったく何もないごつごつした土の中の自然公園、何の設備もない勿論にぎやかな音楽や出店のない海辺の心地良さといったらなかったなあ。

子どものエネルギーは不思議な作用をする。
なんとはなしに周囲に幸福感が満ちてきて笑顔が増える。
絶望が希望に、倦怠が活性に、不快が爽快に、灰色が透き通った青に変わるように思う。

  われわれ老人は、そう、いいではないか老人で、むやみやたらに若がることはない。じっくり腰を据え、生きることを伝えて生きたい。
 

 
 
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